8月15日、終戦記念日…………
今日は、70回目の終戦記念日
戦争の時代を過ごした母は、時どき当時の話をしてくれます。
母は女ばかり8人の姉妹でした。
戦時中、男子のいない、兵隊としてお国の役に立たない
家族として、とても肩身の狭い思いをしていたそうです。
それでも、家族で支えあって、生きてきたと言います。
食糧難で食べられるものはなんでも食べたこと。
普通なら馬や牛の飼料となるものまでも食べていたこと。
着るものや生活に必要なものがなく、工夫して、工夫して
何でも自分たちで作っていたこと。
古い歴史を持つ家系なので、歴史的な飼料がたくさんあったけれど、
福岡市の知り合いの蔵に疎開したら、空襲を受け、蔵は残ったけれど、
その戸を開けたとたん、熱で発火して、全てが焼けてしまったこと。
家系を確かめるすべが無くなってしまいました。
戦後は、食料の買い出しに、力の弱い母でも、重たいリュックを背負って、
歩いたこと。いまでは、あんなことはできない、と言っていました。
このような話をしてくれた母は、二度とあの時代に戻りたくない、と
言います。今が、平和が一番、と言います。
おそらく、戦後の混乱期をうっすらとでも覚えているのは、私たちの
時代まででしょう……
平和の大切さを痛切に知っているのは、母たちのような
ごくごく普通の人達でしょう。
どうか二度と戦争はしないでください!
日本だけでなく、世界中の人達が、平和で幸せでありますように……
そんな願いを心にいだいた、今日という日でした。
戦争の時代を過ごした母は、時どき当時の話をしてくれます。
母は女ばかり8人の姉妹でした。
戦時中、男子のいない、兵隊としてお国の役に立たない
家族として、とても肩身の狭い思いをしていたそうです。
それでも、家族で支えあって、生きてきたと言います。
食糧難で食べられるものはなんでも食べたこと。
普通なら馬や牛の飼料となるものまでも食べていたこと。
着るものや生活に必要なものがなく、工夫して、工夫して
何でも自分たちで作っていたこと。
古い歴史を持つ家系なので、歴史的な飼料がたくさんあったけれど、
福岡市の知り合いの蔵に疎開したら、空襲を受け、蔵は残ったけれど、
その戸を開けたとたん、熱で発火して、全てが焼けてしまったこと。
家系を確かめるすべが無くなってしまいました。
戦後は、食料の買い出しに、力の弱い母でも、重たいリュックを背負って、
歩いたこと。いまでは、あんなことはできない、と言っていました。
このような話をしてくれた母は、二度とあの時代に戻りたくない、と
言います。今が、平和が一番、と言います。
おそらく、戦後の混乱期をうっすらとでも覚えているのは、私たちの
時代まででしょう……
平和の大切さを痛切に知っているのは、母たちのような
ごくごく普通の人達でしょう。
どうか二度と戦争はしないでください!
日本だけでなく、世界中の人達が、平和で幸せでありますように……
そんな願いを心にいだいた、今日という日でした。
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